メロンシャーベット

 

私は現在、激しくダイエット中である。そのせいかもしれないが、最近よく、食べ物のことをよく考える。でも、それは「あぁ、あれが食べたい・・・」というようなものではなく、その食べ物の色や味とともによみがえる思い出に気持ちを馳せることが多い。人は、昔のことを思い出すようになると死期が近いというが、私も余命いくばくもないのだろうか。

 

そんなこんなで、これから数回に渡っては、食べ物とその思い出に短いお話をいくつか書こうと思う。ちょっとノスタルジックだけれども、皆さんも似たような思い出があるんじゃないだろうか。今回は、メロンシャーベットのお話。

 

あれは、私が幼稚園の頃だったと思うので、おそらく4歳とか5歳くらいだろう。夏休みに、集中的に補助輪なしの自転車の練習をし始めた。当時、私の実家近辺は舗装工事か何かしていて、自転車の練習にはあまり適していなかったので、隣の町に住む祖父母の家に「こえだちゃん」というキャラクターの絵がついたお気に入りの自転車を父が運んでくれて、夏休みのほとんどを祖父母の家の近くにある「ごじんやま公園」に行って練習していた。「ごじんやま公園」には、大きな大きな滑り台やブランコなど、遊び道具も充実していたが、私は徹底的に補助輪なしの自転車の練習をした。

 

練習に付き合ってくれたのは母方の祖父だった。祖父はとんでもない偏屈者で、祖母も私の母も相当彼の扱いには苦労したようだったが、さすがに孫である私には優しかった。私が赤ん坊の頃の写真を見ると、本当に愛しそうに祖父が抱いてくれている。この幼稚園の時の夏休みも、いつも私の「こえだちゃん自転車」を転がして、徒歩10分の「ごじんやま公園」に行って、日が暮れるまで練習に付き合ってくれた。

 

しかし、私はどんなに練習してもなかなか補助輪なしの自転車に乗ることができなかった。「ごじんやま公園」では同じ年頃か、ちょっとお兄さん・お姉さんくらいの子供が皆、得意気に補助輪なしの自転車で走り回っているのに、私だけ隅の方でヨロヨロして、時には思いっきりひっくり返ったりもしていた。祖父に自転車の小さな荷台を押さえてもらって走り出しても、手を離した瞬間に倒れてしまう。

 

ある日、私は子供心に思った。公園で「練習しよう!」と気合を入れて練習しているから、返ってうまくいかないんじゃないか。普通に道路に出たら、いきなり乗れるようになるんじゃないか。しかも、なんだか今は、商店街の弁当屋のとなりにあるアイス屋さんのメロンシャーベットが食べたい。よし、自慢の「こえだちゃん自転車」で、商店街のアイス屋に行ってみよう。そして、アイスを買ったら、中学生のお姉さん達がしているみたいに、片手運転をしながら自転車に乗ってアイスを食べながら帰ってくるんだ。

 

私は短パンのポケットに、どこからか手に入れた150円を入れて自転車にまたがって、1人で商店街へ出かけた。しかし、どんなに頑張っても自転車をこぐことができない。私は、徒歩ですれば10分とかからない商店街のアイス屋に、自転車にまたがって足で地面を蹴りながら、炎天下を20分かけて到着した。

 

そのアイス屋で、ようやくメロンシャーベットを手に入れた。軽くて安っぽいコーンの上に、1スクープのメロンシャーベット。ここで私は、おとなしくシャーベットを食べてから自転車を転がせばいいものを、「黙って家を出てきたから、じいちゃんとばあちゃんが怒ってるかも。」という思いと「やっぱり中学生のお姉さん達みたいにアイスを片手に自転車に乗りたいという思いでまた自転車にまたがったまま地面を蹴りながら祖父母の家に急いだ。しかし、両手でも運転できないのに片手運転など当然できるわけもなく、また自転車を降りて転がそうとしても片手ではうまくいかず、時間を食うばかり。暑いのでアイスは溶けて滴り落ち、最悪に惨めな気分で少しずつ前に進んだ。

 

どのくらい経っただろうか。祖父母の家についたときには、二人はカンカンで、私が行方不明になったと知らされた母も電話でカンカンだった。

 

それから数日後の夕方、祖父に見守られながら「ごじんやま公園」の小高い丘から自転車を滑らせ、ようやく自転車は私の体の一部になった。その日の帰り、お祝いに祖父が買ってくれたのは、商店街のアイス屋のメロンシャーベットだった。

 

あれから20年以上経つだろうか。祖父はすっかり小さく、ほとんど寝たきりになってしまった。随分年を取るまで真っ黒だった髪も今は白くなった。でもやっぱり、私は彼を見ると、どうしても「ごじんやま公園」とメロンシャーベットのことを真っ先に思い出してしまうのだ。

 

N