ニュージーランド旅行記

 

ふとHPを覗いたら、番長日記がビンタン旅行のことで、ちょっと悔しくなったので、私も負けずに旅行記を書こうと思う。(注:もちろん私もビンタン旅行に参加したかったのですが、出張で行けなかったのです。)

 

うちの会社には、1年に1回、10営業日連続の休暇を取らなくてはいけない、という大変すばらしい規則がある。これは、社員に十分な休養を・・・というよりは、Audit Leaveといわれるもので、要は、担当者が長期間休むことで他の人に仕事を引き継ぎ、不正行為がないかどうかを確認するという目的によるものである。昨年は2週間マルマル一時帰国していたのだが、2週間の一時帰国はさすがに私には長く、さらに海外に住んでいるとすぐに日本に帰ってしまい、他のところに行かないという悪い傾向があるので、今回は思い切って日本には帰らないことにした。

 

当初はアイルランドのコンチキツアーに参加しようと思ったのだが、どうしてもスケジュールの調整がつかず諦めた。次に考えた行き先はニュージーランド。高校時代に3週間ホームステイしながら現地の高校に通ったことがあり、当時お世話になったホストファミリーと今もコンタクトを取っている。去年の4月にはホストペアレンツがシンガポールに来てくれて、10年ぶりの再会を果たした。

 

ニュージーランド訪問の連絡をするなり、ホストファミリーはとても喜んでくれた。私の休暇直前には週に1回会社に電話をしてきて、「予定通り、来られるのよね?」と確認する始末。はっきりいって、実の親よりマメである。

 

いやはや、寒かった。分かってはいたことだが、寒かった。夜は電気毛布が必要だった。しかし、ホストファミリーは本当に色々計画してくれて、楽しい時間を過ごした。家のテラスでバーベキューをやったり、ビーチへ行ったり、牧場へ行ったり、10年前に少しだけ通った高校を案内してもらったり。毎日よく食べて、よく寝て、よくしゃべって、よく笑って、そして透明感のある美しい風と満天の星空の下で、体内に蓄積した毒素が日々抜けていった気がする。

 

今回の旅行で、10年という月日が本当に過ぎたのだということを痛感した。ホストシスターのヴァネッサは、10年前は14歳の高校生。私はよく彼女と学校でのゴシップやら恋の話やらで盛り上がり、数学の授業の宿題を手伝ってもらったりしたものだ。その彼女は、去年、女の子の赤ちゃんを出産してシングルマザーになった。とてもシャイでおとなしい子だったが、今回会ってみると母親の貫禄十分で、娘のカエラニを優しく、厳しく育てていた。彼女は、来年結婚する。

一方、ヴァネッサの弟、アダムは、私が初めて彼に会ったとき、やせっぽちでやんちゃで、笑顔のかわいい9歳の男の子、いつもママに怒られてばかりだった。彼は今19歳、パイロットの見習いをしている。今回会ってみると、かわいらしい笑顔はそのままだったが、すっかり大人の男。とてもおしゃべりな子だったのに、今は話しかければ話すものの、前のようなおしゃべりではなくなっていた。今回、私のために特別に小型飛行機を出してくれた。旅行中はすごく雨が多かったのだが、この1時間のフライトの間は信じられないようなすばらしい天気で、雲の切れ間からまっすぐに陽が差し、海はどこまでも青く、緑色の大地はどこまでも広がっていた。

 

時間が過ぎ去っても変わらないものがあった。それは街並みと人々の生活だった。町には必要最低限の店や施設しかなく、人々は地に足のついた生活をしている。「地に足のついた生活」−どう説明したらいいだろうか。今そこにある以上のものは求めず、そこにあるものを正面から受け止め、その中でささやかな幸せを感じながら生きている、とでも言おうか。アップダウンの少ない、刺激のなさそうな生活に見えるが、極めて安定感のある生活、そして、そこに流れる感情は全てが本質的なものであった。高校時代に訪れたときにはそこまで考えなかったが、今の私から見ると、それはまるで見たことのないようなものだった。何しろ私が今送っている生活やおかれている環境、私の価値観とはまるで逆のものだ。それは私にとって新しいものであり、まさに「何が良いか」という自分の価値観を揺るがされたという感じだ。彼らにとっての幸せと私にとっての幸せは全然違うものだが、それは同じ「幸せ」として我々の生活に存在しているのだ。

 

本来、私は今回の旅行で、自分の中のもつれを大自然の中で解いてみようと思っていた。しかし、草原の無邪気な風は残酷にも、私のもつれを余計に混乱させた。

 

熱っぽい9月の最終月曜日に

 

N

 

※写真は、天然水が取れるという有名な、何とかっていう川のほとりで、義理の姪・カエラニと。