猫にピアス
ご存知の方もいらっしゃると思うが、私はおへそにピアスをしている。本当は腿の裏か背中の下の方にタトゥーと思ったのだが、ビビッてやめた。しかし、へそピアスも、これはこれで勇気が要ったのだ。私は両耳に3つずつピアスの穴をあけてあるが、まぁ、穴をあけるときは別に気持ちのいいものではない。特に、合計6つのうちの4つは自分であけたので、結構怖かったりしたのだ。
へそピアスは、さすがに自分では開けられないので、平日の仕事が終わった後にふらっと寄って開けてもらった。受付のカウンターの向こうでは、血をダラダラたらしながら、腕にタトゥーを入れているお兄さんがいて、それを見たときに根性なしの私は「あぁ、やっぱりタトゥーはやめといて良かった。」と思ったものである。
たしか、HPさんと名乗る女性だった。彼女は私をさっさと店の奥の部屋に連れ込み、白いカーテンをシャーッと閉めた。小柄でボーイッシュな人だった。手際よく私のへその周りに数種類の薬品を塗りつけ、ペンで施術個所にマークした。「じゃ、そこのベッドに横になって。」といわれて、私はサンダルを脱ぎ、その低いベッドに横になった。私は土壇場になって「あの、くだらない質問だとはわかっているんだけど、やっぱり痛いですよね?」と尋ねた。すると彼女は「あなたは、耳にピアスしてる?耳と変わらない、耐えられる痛みよ。大事なのは、力まないで、普通に呼吸をすること。」と答えた。私は瞬間的に、過去に経験した様々な痛みを思い出した。箪笥の角に足の小指をぶつけたとき、中学時代にソフト部の活動で右手の小指を骨折したとき、盲腸の手術後の麻酔が切れたときの痛み、などなど。そして、これだけの痛みを乗り越えてきたんだから、へそのピアスくらい大したことないぜ!と思い直した。
HPさんは洗濯ばさみのようなもので、私のへそを中心とした腹部をはさみ、ピアスの先でマークした個所を突いているようだった。彼女はそうしながら「はい、じゃあ、深呼吸して。はい、その後は普通に呼吸するのよ。」と言い、私は言われたとおりにした。
それはまさに瞬間的に行われた。それは痛みというよりは、強烈な違和感と言ったほうが正しいかもしれない。はっきりいって、日本脳炎の予防接種とか健康診断の採血に比べたら、痛くなかった。HPさんは”Congratulations
on your beautiful new pierce.”といって、送りだしてくれた。
それから1週間は、もらった薬を塗りつづけ、2ヶ月は入浴や水泳も控えた。もちろん、事前にある程度調べてあったので、化膿するだとか、へそは体の中で一番動く部分なので、馴染むまでに時間がかかるとあったが、私に至ってはほとんど異常は見られなかった。マメに手入れをしていたからかもしれない。
大体どうして、へそなんかにピアスを開けたのか、と、たまに聞かれる。私にとっては、耳の次は鼻かへそだろう、くらいに思っていたのだが、案外面白いものらしい。で、なんでかというと、シンガポールに来てちょうど3ヶ月くらいし、ホームシックなんかも経験して、何か面倒を見れるものがほしかった、というのが最大の理由である。実は、猫を飼おうと思っていたのだが、なんだかんだ考えて、無理だとあきらめて、変わりにピアスをしてその手入れで気を紛らわそうと思ったのが最大の理由だろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それから1年、猫のかわりにピアスをあけたはずだったが、結局猫も飼い始めてしまった。
2月の初めの、あまり天気のよくない日だった。最初は「今日は、どんな子がいるか見るだけ。まだ連れて帰らないよ。」と思いながら、同僚MちゃんとSPCAに見学に行った。
SPCAというのは、こちらの動物愛護団体兼保健所のようなところである。捨てられたり、飼えなくなった犬、猫、ハムスター、ウサギ、鳥なんかがいて、貰い手を待っている。
犬は、大体ひとつの大きめのケージに1頭ずつ入っており、猫は大きなケージに20匹くらい入っているコーナーと、小さなケージに1匹もしくは2匹ずつはいっていた。私はSPCAのお姉さんに頼んで、大きなケージに入れてもらい、20匹の猫と戯れた。そのうちの数匹は本当に人懐っこくて、私が他の猫を触っていても横から近づいてきたりした。何匹かかわいらしい子はいたのだが、私は生後3ヶ月くらいの子猫から飼いたかったので、大きなケージの成猫たちの中にはイマイチ運命を感じる子がいなかった。
続いて、隣の、小さなケージが集まっている方を見てみた。お姉さんに「どうしてこっちの子たちは、あちらの大きなケージから隔離されているんですか?」と尋ねると「この子たちは、他の猫と馴染めない子や、子猫なんですよ。」と説明された。うーん、確かに、ちょっと高慢ちきそうな猫とか、攻撃的っぽい猫がちらほら見られるなぁ、などと思いながら、ふと左手を見てみると、な、な、な、なんと!まさに私好みの模様での小さな猫がいるではないか!それは、ガリガリとはいかないまでも、子猫特有のコロコロ感はない、どちらかというとやせっぽちの、灰色と黒のトラ猫だった。よくシンガポールでいるやつですね、柄としては。この子は、やはり同じくらいの大きさの、白地に黒のブチ猫と一緒に、小さなケージの中をうろうろしていた。こんなところに何日も、何ヶ月も入れられたら、それはストレスが溜まるだろう、というようなケージである。
このとき、猫を選ぶ際に、いくつか条件があった。3ヶ月から3ヵ月半前後であること。灰色と黒のトラ猫であること。そして、女の子であること。私は、ケージにかかった猫のプロフィールを見てみたが、そのプロフィールはどうやら、同じケージに入っている白黒猫のものらしい。またもやお姉さんに、トラ猫のことについて尋ねると、なんと、3ヵ月半の女の子だと言うではないか。この子は、SPCAでは「マチルダ」という名前だった。そして、早速、この子を抱っこっせてもらった。好奇心大旺盛で、私の髪やネックレスをおもちゃにして遊ぼうとする。それにつけても、目と耳が大きくて愛嬌のあるかわいい子だ。この子を連れて帰らずして、私はこの場を去れるのか!?と、「今日は見るだけ。」という決意はあっさりと崩れ去り、結局、翌日引取りにきます、という約束をしてしまったのだ。
帰り道、私はMちゃんと一緒に、猫の名前を考えた。Mちゃんは「マチルダ、なんだから、マチ子でいいじゃん。」と主張したが、私は「イメルダ夫人みたいでいやだ。」といって、いろいろ考えた。候補は、「ドロレス」と「レイラ」に絞られた。本当は「ロリータ」というのも候補にあったのだが、ちょっと人に説明するときにいろいろ突っ込まれそうでイヤだったので、映画「ロリータ」の中でのロリータの本名である「ドロレス」を候補にした。結局「ドロレス」は響きが汚らしいという意見が多数聞かれたため、「レイラ」に決まった。もちろん、クラプトンの「愛しのレイラ」から採ったものである。
レイラが我が家に来て4ヶ月が経つ。途中、おなかを壊したり、手術をしたりということがあったが、今は、少し落ち着いてくれないかね、君。といいたくなるほど元気である。私が仕事が終わって家に帰り、ドアのかぎを開けると、みーみー鳴いている。それから私が寝るまで、彼女は自作自演遊びをしたり(注:あるものを敵に見立て、それをやっつける)、猫ダッシュ(注:朝と夜、特定の時間に部屋の隅から隅までを信じられない速さで猛ダッシュする)などをし、私がベッドに入っても私の足で遊び、そして翌朝は手を私の口に入れようとしたり、髪を引っ張ったり、耳もとで鼻息をフーフーさせて私を起こす。週末の朝は、私のお腹の上でベターッと体を伸ばし、私の2度寝に付き合ってくれる。さらに、せっかく苦労して名づけた「レイラ」は病院や、人に猫の名を聞かれたときに答える名前としてのみ使われており、家では「みーちゃん」「みーすけ」「みーきち」「みーよん」「みーち」と呼ばれている。最近は、「先生」「先輩」「お嬢ちゃん」とも呼ばれている。でも、なんて呼んでも返事するなり、尻尾振るなりするんですよ。天才でしょ?
ちなみに、はっきりいって、うちのレイラはかわいい。それはもちろん飼い主だからかわいいというのはあるのだが、いや、客観的に見てもかわいいんですよ。目と耳が大きくて、口元が白くて、雑種の割に毛並みがきれいで顔の輪郭が美しい。はっきりいって、某消費者金融のコマーシャルに出て人気を博した犬といい勝負である。いつデビューしてもいいように、私は普段から「みーちゃんは、スーパーモデルなんですよねーぇ。」と話し掛け、彼女の自己啓発に一役買っている。食事も与えすぎず、常に美しい体形を維持している。
最近、私がへそを出したまま寝っころがったりなどしていると、レイラがよくピアスで遊ぼうとしている。こいつは危険である。へそを引きちぎられる可能性があるのだ。レイラにかかっては、コンタクトレンズケースのふたや歯ブラシから、私の持ちネタで使った鞭までがおもちゃになってしまうのだから、たまったものではない。
しかし、彼女が私のピアスにじゃれている図は、猫を諦めて結局へそピアスに落ち着いてしまった1年前と、やってできないことはない、と諸々の問題をなんとか解決し、我が家にレイラを迎え入れた現在が妙にリンクする光景でもあり、危険を承知でついつい見守ってしまうこともあったりするのだ。ピアスも、みーちゃんも、大好きなんですけどね。
今日のBGM
“Semi Charmed Life” – Third Eye Blind
愛しき5月、最後の週末に。
Ciao,
N