2.眠ること、その他

眠い。とにかく眠い。

 みなさんは、日曜日の練習が終わった後はどのようにお過ごしだろうか。私は、練習の後の日曜の午後は、たいてい眠っている。早朝から体を動かした後の昼寝は、たまらなく気持ちがいい。早朝とは言っても8時半だが、平日でさえ8時まで寝ている私にとっては、日曜日の朝8時半というのは思いっきり早朝なのだ。そして、そんな早朝から体を動かしているというだけで、かなりの自己満足に浸っており、早朝から運動したんだから、午後はダラダラ過ごしたっていいじゃん、と自らの怠け癖を正当化すらしている。

 日曜の午後の私の睡眠欲は半端ではない。家についたらリビングの冷房を23度に設定し、速攻でシャワーを浴びる。多種多様のボディソープコレクションの中から敢えてラベンダーを選び、その後の安眠に備える。よほど空腹であれば、向かいのバーガーキングあたりで食料の調達もするが、睡眠欲の前では私の食欲など簡単に平伏してしまう。

 シャワーが終わったら、さらに安眠を目的とした準備が進められる。水をボトルごとソファの横に常駐させ、NHKを小音量でつけっぱなしにする。ソファの上のクッションを体に一番フィットするよう配置し、読みかけの本がテーブルに置かれたら完成である。一度、電話線を抜いて携帯の電源を切ったことがあったが、その後電話線を元に戻すのを忘れたため、電話をかけてきた人から大顰蹙を買ったうえ、私と連絡を取れないといって心配しまくった親が日本大使館に通報する直前までいってしまうという大事になってしまったため、それ以来やらないことにしているが、もし日曜の午後に私に電話をしてもつながらなかったら、寝ているのだと思っていただきたい。

 昨日の場合、目が覚めたら午後10時50分だった。おいおい、寝すぎだよ。これだけ寝ると、完全に昼寝の領域を超えている。しかし、裸同然で、髪もボサボサで、すっぴんでソファから転げ落ちそうになりながら歯軋りをしている嫁入り前、弱冠(?)25歳の娘を見たら、うちの両親はほぼ間違いなく号泣するだろう。しかも、それだけ眠ったというのに私の睡眠欲はとどまるところを知らず、「あぁ、もう夜か」などと呟きながら今度はベッドに移動して、通常通り月曜朝8時まで眠るのである。そんなに寝たんだから翌朝の目覚めは素晴らしいだろうとお思いかもしれないが、そんなことは関係なく、7時55分から8時の間は「まだ起きたくないよぅ」とベッドの中でゴロゴロして、出勤しても昼くらいまではまだ眠いのだ。救いようのない怠け者とは、このことである。考えてもいただきたい。ソフトボールをして、安眠の準備をして、眠った以外は何もしていない上、翌日の昼に至っても、まだ眠いとのたまっているのである。今日会社に行って、眠さのあまりとても不機嫌な顔をしていたらしく、同僚のBに「のぞみ、どうしてそんなに怒っているんだい?」と聞かれ「寝すぎて頭がぼーっとしてるのよー。」と答えたら、上司のTに「代わってもらいたいよ、こっちは眠れなくて困っているんだ。」と言われたくらいである。

 一応、食欲と性欲については人並みだと自分では思っている。食欲については好き嫌いが激しく、変なこだわりを持っている(キャベツの千切りは食べられないが、ロールキャベツは好き、など)ので、食にはあまり関心がないと思われる節があり、また性欲については他人に比べるとオープンなので性欲旺盛だと思われる節があったりして、私の欲求については正しく理解されていない部分があり、いつも、不本意だなぁ、もう。などと思っているが、睡眠欲については自他共に旺盛だと認めている。大体、電話線を抜くなんてことは、しつこいいたずら電話に悩まされている人くらいしかいないだろう。(余談だが、しつこくないにしても私もここシンガポールに来てまでいたずら電話に悩まされている。電話に出ると、いかがわしいビデオと思われる音声が聞こえてきたり、男性が息を荒くしているのが聞こえてきたりする。今更電話番号を変えるのも億劫なので、何かよい撃退法があったら教えていただきたい。)

  さて、今回は欲求やら、いかがわしい余談が入り乱れた回になってしまったが、最後に、「欲」と「いかがわしさ」を持ち合わせまくっているこの私、実は、曹洞宗の寺に生まれ育ち、幼い頃は般若心経を暗唱していたということをカミングアウトして終わりたい。本当ですよ。

(今日のBGM:”There She Goes”-The La’s)

Ciao.

七夕の夜に。

Nozomi