AMKユナイテッドの歴史

我がチーム「AMKユナイテッド」は2000年夏にサンデンという企業の大島さん(現名誉監督)の発案で発足しました。当初はサンデンの日本人駐在員を中心にローカル社員を含めて企業の福利厚生の一環としてスタートしました。しかし慢性的な部員不足から外部からの入部を認めることになり、大島さんの呼びかけにより森永(2代目総監督)が入部しました。

しかし依然として部員不足は否めず、練習に参加するのが2、3人ということも珍しくありませんでした。存続に危機感が出てきた2001年8月、大島、森永が新人獲得を目指し活動を開始。口コミやインターネットの掲示板などで勧誘を実施、現在の主力である竹本、池田が入部し戦力が少しずつ整っていきました。新戦力を擁し初勝利を目指した2001年11月の日本人会大会は惜しくも一回戦でNMRに2対0で惜敗しましたが、今までとは違う手ごたえを感じることが出来ました。

 しかし、その直後にまたも存続の危機が訪れます。監督の大島、キャプテンの森というチームの柱が転勤のためチームを離れることが発表され、同時に森永が新監督に就任しました。部員数10名というどん底からスタートになった新体制ですが、積極的に新人の勧誘を実施。森永の知人関係やインターネットの掲示板、フリーペーパー募集告知などで服部、小林夫妻、太郎良、矢崎らが相次いで入部しチームの強化に成功。2002年2月の日本人会大会ではついに初勝利を上げることが出来ました。そのまま3回戦に進出という大きな飛躍を遂げた新チーム最初の大会でした。

 その後も現在までインターネットの掲示板を主体に部員募集を続け現在では総勢37名(女性8名含む 2003年6月現在)という大所帯となりました。日本人会大会、JACファーストピッチ大会などには常に2チーム出場し、2002年度第4回日本人会大会では3位、2002年度第3回JACファーストピッチ大会では4位に入賞するなど、以前のような「弱小チーム」では無くなって来ています。勝ちにこだわるチームではありませんが、勝とうとする姿勢で挑んでいきたいと思っています。

海外でこういうサークル活動をしていると、帰任や転勤などで別れがつき物です。今までも多くの仲間がチームを去っていきました。いつでも新しい仲間を歓迎する雰囲気を維持して、永くチームを存続させていくことが目標です。強くなくてもいい、上手くなくてもいい、みんなで楽しくプレーをして、同じ時間を共有できれば、こんなに嬉しいことはありません。将来、リタイヤしたあとにシンガポールを訪れて、まだ「AMKユナイテッド」が健在であること。これが究極の夢というところでしょうか。